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2005年1月 MOKU 1月号
「落語で世界を笑わそう−異文化のカベを超えるRakugoの力」 
文京学院大学外国語学部専任講師 大島希巳江

「日本人はユーモアがなくて、英語が下手」世界の人々がイメージするこうした日本人像を「笑い」を取りながら変えていっている一行がある。落語を英語に翻訳創作し、若手落語家とともに海外ツアーを重ねて八年。いまでは国内公演も多いとか。その英語落語の仕掛け人は、なんと異文化コミュニケーションを専門とする若き女性学者だったのです!
・世にも不思議なサンドウィッチ
・会話調が日本のユーモアの特徴
・笑いながら文化を飲み込んでいく
・「しゃれ」や「おち」を伝える難しさ
・丸暗記のまま英語落語の舞台に出る
・「日本人の英語下手」を逆手にとる
・自信をもって日本の文化を伝える

 

2005年3月15日 The Big Issue Japan 24号 
特集 笑いは人生を変える!
「落語を世界に広め、日本のイメージを変えたい」 
英語落語、大島希巳江さんのチャレンジ
大学で学生を教えるかたわら、英語落語の海外公演をプロデュースしている大島希巳江さん。活動をはじめて8年。これまで落語家さんたちと訪れた国は6カ国、20都市に及ぶ。
日本人にユーモアが足りない?
  そもそも大島さんがこの活動をはじめたのは、国際ユーモア学会という学会に出席した際、海外の参加者から「日本人はユーモアが足りない」と言われたことがきっかけだった。「そんなことはない。日本にだって、成熟した笑いの文化がいくらでもあると思ったんですが、反論できるだけの材料を何も持っていなかったんです。悔しかった」と笑う。
  帰国後、いろいろ考えた末、日本人らしいユーモアのかたちとして、落語を思いつき、次の学会で発表することを決意する。
「実は私、恥ずかしながら、それまで一度も落語というものを見たことがなかったんです・・・慌てて本などで読んで、にわか勉強し、協力してくださる落語家さんを探しました」。そうして出会ったのが、笑福亭鶴笑師匠。「外国人を笑わせたろ」という強い思いを持っていた鶴笑さんは、自費で学会へ参加し、落語を披露することを申し出たのだ。
「鶴笑さんの落語に英語の字幕を付けるというかたちでやったのですが、ものすごく反応がよかった。皆、大笑いでした」。「日本人はユーモアが足りない」と言われた日から一年、大島さんと鶴笑さんは、見事リベンジを果たしたのだった。

2005年2月 東京財団の政策研究誌 
日本人のちから 特集 発信力 vol.17
「落語が世界に発信するもの」
大島希巳江 文京学院大学外国語学部講師

落語を世界に発信する。このようなプロジェクトを1997年から推し進めてきた。その背景には打破するべき日本人に関する根強いステレオタイプと、ユーモアの絶大なる効果が関わっている。
世界中、どこにでも誰に対してでもステレオタイプは存在するものである。日本人の場合、真面目で面白くない、がよく知られたステレオタイプの一つである。これは、主に欧米の多民族社会と
日本など人々の文化差が小さい社会との違いの表れと考えられている。欧米人が初対面で ice breaker(氷のように張り詰めた緊張感を解く、という意味)としてジョークを語り、相手との距離を縮めるというのはよく知られたコミュニケーションの方法である。多民族社会においてはお互いの文化背景が異なるため、無意識のうちに相手を傷つけたり相手にとって失礼となる言動をとってしまう危険性が高い。そのような場合に備えて、「自分に敵意や悪気はない」ということを相手に知らせるためにも、自嘲的ジョークを最初に話すケースが多い。
  コミュニケーションにおける笑いやユーモアには、互いの攻撃性を失わせるという効果がある。ジョークを言い合い、笑い合うことで相手に好意を持ち、互いに武装解除するのである。このようなユーモアと笑いの効果は、日本人のコミュニケーションにおいても有効である。それでは、なぜ日本人はユーモアがないというイメージが強いのだろうか。それは、日本はほぼ単一民族であるとの意識が強くまたその歴史が長いからである。初対面の相手が日本以外の文化を持っている可能性が低く、そのため初対面でice breakerを必要としなかったのである。
  それならば日本人はまったくユーモアを使わないのかというと、それは大きな間違いである。日本人がユーモアを使うのは初対面の場面ではなく、ある程度人間関係を築き上げたのちに初めて冗談を言い合い、笑い合える関係となる。つまり、多民族社会と日本ではユーモアを使う場面が異なり、初対面でそれを使わない日本人の第一印象は、どうしてもユーモアがないということになりがちなのである。しかし、日本社会もますます多民族化しつつある。異文化との接触も多いため、コミュニケーションのとり方も考えていかなければならない。

ドリアンと一緒 →2005年マレーシアで。最初は苦手だったドリアンだが、毎年のようにツアーで食べているうちに、だんだん食べられるようになり、ついにはおいしく感じるほどにまでに!
          笑いには不思議な力がある。異文化を好意的に受け入れさせる、パワーがあるのだ。だからどの国の観客も英語落語を観ると、彼らにとって異文化である日本文化を、笑いながら受け入れてしまう。こんなことがあった。「時うどん」という落語で、落語家が勢いよく大きな音をたててうどんをすすり、だし汁をズルズル飲むという場面がある。通常、欧米文化ではこれは許しがたいテーブルマナーとされている。顔をしかめて、嫌悪感をあらわにするかもしれない。しかし、英語落語の観客の反応は違った。「あんなことができるなら、是非日本に行ってみたい。日本に行って思い切り音をたててnoodlesを食べてみたい!」とアンケート用紙に書いた観客が多かった。日本はなんと野蛮な国だろう、と思わせるのではなく、行ってみたいと感じさせることができたのである。落語の底力と、ユーモアのなせる業である。
   落語の笑いが外国人にわかるのか、という質問をよく受ける。答えは yes だ。観客はひっくり返って大笑いし、日本と違って客層が若いだけに、盛り上がり方も大変なもの。落語は、長い歴史を持っている。逆にいえば数百年もの間、すたれずにどの時代の人たちも笑わせてきたのである。江戸時代の日本人は現代の日本人と比べれば、それはもう外国人と日本人のように異文化の持ち主である。落語は普遍的なユーモアを芯としているストーリーが多いため、どこでも誰にでもうけるのである。
  そんなにうけるほど落語家たちの英語はうまいのか、というとそうではない。彼らの英語はベタベタの日本語発音である。しかし、ひとつの会場に集まった800人以上の英語ネイティブの観客を前に、全員を大爆笑させることができるほど、彼らの英語は見事に通じているのだ。そしてその日本語発音の英語は、私たち日本人のアイデンティティなのではないか。英語にしても文化にしても、それぞれが異なることは当たり前なのである。
  異文化理解において重要な点は、異なる部分を指摘することではなく、共通点を見出すことである。それがコミュニケーションにつながり、異なる部分さえも理解しあえる関係を作り上げる。笑うという行為は世界共通である。一緒に笑い合うという共通点を見出すことによって、私たちはよりよいコミュニケーションをとることができるのである。
 
         
2005年 SPRING Teaching English Now Vol.7
巻頭エッセイ「英語落語で世界を笑わす!」大島希巳江
  英語落語をプロデュースするようになってから、8年がたつ。1997年のアメリカ公演をかわ切りに、毎年様々な国で公演活動を行ってきた。古典落語の創作翻訳をし、現役の落語家に丸暗記してもらい、海外向けに演じるための指導をする。反対にこちらは落語家に落語の技術を習う。そうして出来上がった英語落語をひっさげて、私たちは世界を笑わせて回っている。このような
活動を始めた理由は、笑わない、ユーモアがない、英語が下手、という定着した日本人のステレオタイプをなんとかくつがえしたい、という思いからである。そして笑いを通して日本文化を紹介していきたい、と考えている。
ルビーの門 →2005年ブルネイ。国王は国民の尊敬を集める偉人。国王の滞在する施設には門にルビーやサファイアが付いているが、誰も盗もうともしない。平和でほとんど犯罪もないという、なんともふんわりと静かなお国柄。
          "Rakugo is an art form unique to Japan... and it reflects the fact that Japanese usually say humorous things in the course of dialogue," Oshima explained. "The tales can also illustrate Japanese culture and customs." For instance, if storytellers make slurping noises when they pretend to eat noodles, the foreign audience can understand that such behavior is acceptable in Japan, unlike in Western countries, she said.
  Oshima, who spent about six of her high school and university years in the United States, has translated 30 classical rakugo tales into English. In 1998, she organized a rakugo performance tour in the U.S. in which three professional storytellers participated. Since then, similar tours have gone to about 10 countries, including Australia and Singapore.
  This summer, Oshima will take the show to India, Brunei and Malaysia. She also hopes to tour Sri Lanka to help cheer up survivors of December's deadly tsunamis.
  Oshima debuted as an English rakugo performerin 2000 after many people in audiences overseas said they wanted to see women perform. The most difficult thing for her at the start, she said, was portraying male characters. Because rakugo has traditionally been performed by men, the main characters in most classical stories are usually male.
  When female characters, including strong- willed wives, little girls or geisha appear, the performers make female-like gestures and speak like women, another element that makes audiences laugh. "When I play female cahracters, it's not funny - it looks too real," she said. "So I reverse the character's sexes."
  She does this for the story "Tsubo-zan"which is originally about a man's successful attempt to swindle the owner of a pottery shop. Oshima has translated this story into English and given it the title "Pot Mathematics."
  Oshima, who lectures on humor at schools and companies, said she is also eager to have Japanese better understand the effects of humor and laughter in everyday life. "People who live in multi-ethnic countries use jokes as an icebreaker when they meet someone new" to show their positive feelings to the person, who may have a different cultural or religious background, she said.
  "But Japanese usually don't need use (such) humor because of the homogeneous nature of our society, and tell jokes only after they know each other well." But the situation is changing as Japanese society becomes more ethnically diverse and more young people develop different lifestyles or values than those of older generations, Oshima said.
  "Drinking after work is a usual way for Japanese to solve communications problems at the workplace. But humor amy become a more necessary tool to forge good ties" among people with different cultures and values, she said.
 
         

THE JAPAN TIMES・Tuesday, March 8, 2005
'Rakugo' artist uses English to show off Japan's funny side
 A somber earnestness and a lack of humor are often cited as first impressions foreigners have of Japanese. Kimie Oshima has been working vigorously to change that by promoting the English version of "rakugo" - traditional comical storytelling,
 "Humor is seen as a way to measure the maturity of a society's culture," observed the 34-year-old Oshima, an assistant professor of sociolinguistics at Bunkyo Gakuin University in Tokyo. "So if people see (Japanese) as being humorless, they may think our cultural level is low," she observed. "i want to wipe out such a (negative) image."
  Oshima's interest in rakugo took off after she attended a meeting of the International Society for Humor Studies in Sydney in 1996 and realized that many participants who were specialists on humor only held the stereotypical image of Japanese as a stoic people.
  "I really felt that I needed to introduce Japanese humor" to foreigners, recalled oshima, who specializes in humor studies and cross-cultural communications. What she soon found as the most suitable tool for her purpose was rakugo.
  In rakugo, which dates back 300 years to the Edo Period (1603-1868), a lone story-teller sits on stage and tells a pun-laden tale that ends with a punch line. The stories recreate conversations between people - often with two main characters, one sharp and the other a half-wit.

猿の小噺 →2005年、インド・ニューデリーの寺院にて。気温は43度を越えているが、寺院の中はひんやりと涼しい。
English-Rakugo
Copyright 2002 Kimie Oshima