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商工ジャーナル 2007年8月号
欧米でビジネスの問題解決に活用される笑いとユーモア
 
近年、日本でも笑いの医学的および社会的効用が認められてきている。しかし、実際に笑いを職場で実践するという試みはまだまだ極めて珍しい。それは、日本では伝統的に仕事と遊び、公と私がはっきりと区別されてきたからであろう。笑いは遊びの延長線上にあって、職場ではヘラヘラ笑っている場合ではない、と考えられてきた。この考え方は欧米でもほんの30年前までは一般的であった。しかし、笑いとユーモアが職場での人間関係、生産性、問題解決、心身の健康などに大きく関係していることがわかってきてから、ビジネスと笑いの関係は一気に縮まってきている。 −中略−
 たとえば、ある会社で会議の時間が長くて困っているが、なかなか短縮できないという問題を抱えていた。会議の進行表をユーモア・コンサルタントに見せて、どこをどう短縮したらよいか相談した。するとそれをちらりとみたユーモア・コンサルタントは、「これは役員会議ですね?」「はい、そうです」「それならば、進行表よりも会議室を見せてください」。そして会議室に入り、椅子の一つに座るとこう言った。「やはり。このような座り心地のよい高級な皮の椅子はすぐに取っ払って、固いパイプ椅子に変えなさい。そうすれば会議は短時間ですぐに終わります」。果たして、その通りであった。
  ユーモアのある人は、頭が柔軟である。一つの問題に対し、あらゆる方向からいくつもの答えを考えることができる。それは自分自身が問題を抱えた場合もそうである。だから、ユーモアのある人は問題解決能力が高く、ストレスをためにくい。逆境や環境の変化に強いといわれるのも、そのためである。これからは、特にめまぐるしく変化し続ける環境に対応できる人材が重要である。ユーモア・コンサルタントでなくても、このような性質を持つ人であれば是非従業員として迎え入れたいところである。 (略)
  2006年、ある日本の生命保険会社で営業成績とユーモア度の関連性の調査を行った。完全歩合制の営業担当者400名にユーモア度を測るアンケートを実施し、それぞれのユーモア度と営業成績を比較したものである。結果は、見事にユーモア度の点数が高い人ほど営業成績が良いというものであった。
  営業成績がトップクラスでユーモア度の高い数人にインタビューをしたところ、ユーモア度が高いといっても見るからに面白おかしい人ではなかった。むしろ第一印象は誠実で真面目である。しかし、実際に話を聞いてみると相手を惹きつける工夫された話し方と、思わず笑いながら納得してしまうような見事な比喩表現などを身に付けており、非常に語彙の豊富さが目立った。ユーモアがあるということは、ピエロになるということではない。気の利いたひと言や、ちょっとしたサービス精神であり、それが笑顔を交わす環境を作るのである。
  ユーモア度の高い営業担当者は、難しい複雑な内容の話を簡単な身近なものに置き換えて説明したり、面白いエピソードに関連づけて話したりすることが得意である。特に、生命保険の話はもし病気になったら、もし死亡したら、と話題がネガティブになりがちだからこそ、ユーモアが必要なのだという。 (略)

 

クーリエ・ジャポン COURRIER Japon 2007年8月号
ジョークから見た世界とNIPPON
「笑い」は国境を越える

  コッメディアン、お笑い番組、マンガなど日本には「笑い」に関するものがあふれている。しかし、世界のジョークには「ジョークのわからない日本人」が頻繁に登場する。日本人は本当にジョークが通じないのか?日本と外国のユーモアの共通点と違いは何なのか。世界中の紛争地域や貧困地帯を取材しながらユーモアを集めた早坂さん、「ジョークの宝庫」イランのジョークに詳しいモクタリさん、海外で落語の公演なども行っている大島さんに語ってもらった。
「内向きと外向きのジョーク」
モクタリ:私は漫才がすきなのですが、そういったものを見るかぎり日本人がまったくジョークをわかっていないとは思えないのですが。
早坂:笑いの質が違うんですよね。日本人は笑いに対して非常に多感でセンシティブで、そしていいセンスを持っていると思いますよ。
大島:日本の笑いって、仲間意識をどんどん高めるためのジョークで、会話を積み重ねた上で成り立つ内向きの内容なんです。だから、外の人に対して自らをわかってもらうためのジョークは言おうとも思わないんです。日本人のジョークはきいたことがないとよく言われるのはそういうことなのでしょう。日本に根付いているお笑い、つまり漫才や落語を見ると、「ボケて突っ込んで」という会話を見せる手法を使っているんですね。そこにお客さんは入ってきてはいけないんです。アメリカのスタンダップコメディは、お客さんに「昨日、うちのワイフがね」って調子で話しかける。日本のはそうじゃないですね。舞台の上のことをただ見ていてくださいという感じ。 (略)
「知的な人ほどよく笑う」
大島:ジョークに交えて、自分の文化や歴史的背景を伝え、それを相手が笑うことによって「あなたは私の文化を知っているのね」と認めるわけです。ユダヤ人のジョークは多いと言われていますが、けっこうどきっとするようなのもあるんですよ。「ピザとユダヤ人の違いは?」「ピザはオーブンに入れても泣き叫ばない」とか。
早坂:きついですね。
大島:でも笑わないと「私たちの歴史を知らないのね」となってしまう。
早坂:ユダヤ人のことわざで、「知的な人ほどよく笑う」といいますけど、それに通じるものがありますね。(略)
大島:多民族社会であればあるほどわかりやすいジョークが多いと思うんです。同じ国同士でも民族が違うと内輪ウケが通じにくくなるので、浅くて一般ウケしやすいジョークが増える。
早坂:つまりアメリカやオーストラリアのジョークはわかりやすくて、日本の笑いは外国人にはわかりづらい。
大島:多民族社会では共通する知識が少ないんです。そして、日本や韓国にような共通知識の層が厚い国というのは、自分たちにしかわからないネタのほうが面白く感じるんです。

   

 

 

 
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Copyright 2002 Kimie Oshima