English-Rakugo
English-Rakugo
English-Rakugo What's Rakugo ? Books English-Rakugo
English-Rakugo Performers BBS English-Rakugo
English-Rakugo History of performance Mail English-Rakugo
English-Rakugo Information Top page English-Rakugo
English-Rakugo
English-Rakugo
English-Rakugo
国際文化研修 国際文化研修 国際文化研修
国際文化研修 2002 春 VOL.35
「外国語と私」
明海大学外国語学部講師 大島希巳江

 初めて日本を出たのは高校3年生になったばかりの時でした。一年と3ヶ月の交換留学生としてアメリカはコロラド州に滞在しました。英語は好きでしたが特にできたというわけでもなく、ごく普通の高校生だったと思います。留学当初はとにかく失敗ばかり。ジャムとピーナツバターのサンドウィッチを作って、とホストファミリーの子供に頼まれて、作ってあげたのに泣かれた、ということがありました。アメリカでは、ジャムとピーナツバターを一緒にはさんで食べるのですね。私の感覚では、そんなの甘すぎるし味が合わないから、と一緒にすることなど思いつきもしませんでした。バラバラに2つのサンドウィッチを作ってしまったのです。完全に子供の機嫌はとり損ねました。
 それでも高校生活は楽しかったですね。私はテニス部と演劇部に所属していましたが、どちらも体を動かしながら英語とともに多くのことを吸収できました。特に演劇部ではセリフがあるので、一生懸命練習します。こういった楽しい反復練習が発音や言葉を知るのに大いに役に立ったと思います。また、言葉がたどたどしい分、動きやジェスチャーなどでメッセージを伝えるという訓練もできましたね。
 高校卒業後、大学もコロラド州立大学ボルダー校に進学しました。英語を話せる日本人は増えてきていましたから、英語で仕事ができること、つまり英語力プラス専門性が必要だと考えていたからです。そこで、社会や文化が言語に与える影響ってすごいなあ、と思い異文化コミュニケーション、社会言語学といった専門の研究をするようになりました。
 異文化コミュニケーションで重要な要素の一つはユーモアと笑いです。もちろん、それだけではコミュニケーションできませんが、ずっと話しやすくなることは確かです。緊張して話していても、相手が面白いことを言ってくれたり、笑顔になったりすると緊張がとけて、話しやすくなりますよね。こうすると、コミュニケーションが潤滑するのです。異文化コミュニケ―ションとユーモアの研究をやっていると、海外の学会で聞かれるのが「日本人にはユーモアのセンスってあるの?」という質問です。日本人は真面目で勤勉だけど面白くない、と思われているのですね。そこで日本のユーモアを伝えるべく始めたのが英語落語です。
 日本の笑いなら、漫才でも構わないのですが、なにせ欧米のマネではなく、日本人にも昔からユーモアがある、ということを証明しなくてはなりません。落語なら、とにかくアメリカという国の歴史より古くから存在しますから、その点、堂々と日本のユーモアとして紹介できます。1996年頃から落語を英語に翻訳する作業を始め、現役の落語家さんたちに英語の特訓をし、海外での英語落語公演の準備をしてきました。それから1998年の秋に最初の海外公演をアメリカの5箇所で行ったのです。以来、年に一回は海外ツアーを行い、シンガポール、オーストラリアなど数カ国をまわっています。
 落語を英語に翻訳するというのは、なかなか工夫のいる作業です。直訳では面白くないので、海外のお客さんは笑ってくれません。言葉のシャレや、日本にしかない物をどう表現するか、いろいろ悩みましたね。やはり日本文化を伝えるという目的を果たさなければ、落語を通じて異文化コミュニケーションをしたことになりませんから、日本らしさも残したい。そのバランスが難しいところです。例えば、人の名前などは当然そのままにしています。熊さんはKuma-sanです。これがMr. Bearではなんだかおかしなものです。「時そば」という噺に出てくる、そば屋の名前でも悩みました。当たり屋とはずれ屋なのですが、そばを食べた後ばくちを打ちにいく男が店にきているので、当たり屋は縁起が良くて、はずれ屋は縁起が悪い、という意味をもたせなくてはなりません。そこで当たり屋をBINGO(ビンゴ)にし、はずれ屋をDONGO(ドンゴ)にしました。ドンゴという英語は私の造語ですが、噺の中では「Dongo, Dongo, Don't go...行くな、か…、博打には行かない方がいいかな」というセリフを入れています。こんな英語のシャレを作っていれて、笑いどころを増やすということも必要なのですね。
 今のところ、英語落語の海外公演は大盛況で、どこの国でも大受けです。日本人がこんなに面白いとは思わなかった、今度は是非日本に行ってみたい、などたくさんの観客の声が聞かれました。うれしいことですね。日本の文化を、日本のユーモアを伝えるということを、英語を使ってできていることを誇りに思っています。初めて日本を出た17歳のとき、私は日本を一歩でたら日本人なんだなあ、彼らにとって私は外国人なんだなあ、と強く感じたことを覚えています。だから、国際的な場面では日本人なら日本について英語で話せることが重要なんだと思います。
 最近では英語落語の国内公演も増えてきています。英語落語を日本の英語教育に生かそうという活動も始めています。落語家さんたちの英語力の向上をみれば、英語落語が英語学習にも有効であることがわかります。国内外で英語落語が定着し、近い将来落語がRakugoという国際語となるよう、今後も活動を続けます。

アメリカ、ロスの大学での公演後 The last performance at California State University. This show was very successful, full house with over 400 audience.
Phase Phase Phase
PHASE 2002 SPRING No.124
日本の「笑い」を海外へ!
英語落語が世界を往く

コミュニケーションとしての落語
遠藤:“英語落語”の海外公演を続けていらっしゃいます。もともと英語が好きだったんですね?
大島:得意ではなかったんですが(笑)、好きでした。英語で話したくて留学したくらいですから・・・。
遠藤:子供の頃、親に連れられて落語を聞きに行ったとか、テレビでよく見たとか?
大島:高校の途中から留学しましたから、それまで見る機会がなかったんです。研究の一環として始めるまでは、落語とは無縁の生活でした。
遠藤:そういう環境で、落語がぱっと閃いたきっかけというのは?
大島:最初は異文化コミュニケーションの研究をしていまして、笑いとかユーモアというのはすごく大事なツールだなと。どこへ行っても、「日本人にはユーモアのセンスがない」とよく言われるんですね。それで、日本のユーモアを海外に紹介したいと。そのためには、どういう方法が良いだろうと思ったときに、ふと落語が閃いたんです。それこそアメリカの国の歴史よりも古くからある芸ですから、日本独自のものだとはっきり言い切れますしね。
遠藤:そこで、最初はユーモアと落語ということで、落語をご自分で英訳して、研究なさっていたわけですか。
大島:落語は大体会話で構成されています。そこで、その会話を分析して、どこが面白いかとか、どの部分でお客さんが笑うのかとか、そういったことから始めたんです。そのうち、芸としての落語を見てもらいたいと思って、落語家さんを海外の学会に連れて行ったんです。
遠藤:最初はひとりの落語家さんで・・・。
大島:そうです。彼のおしゃべりに合わせて、私が字幕を動かしていたのですが、これではどうしても直接の良さが伝わりませんね。落語家さんの方も、お客さんが自分を見ないで字幕を見て笑っているのが、どうも寂しいと。それなら落語家さんが英文の字幕を覚えて話してくれれば、一つの芸として成り立つのではないかと・・・。

UCLAの観客 The audience at UCLA. As the staff member assumed, many audience in front chose to sit on the floor instead of the chair. Casual style of staging.
アメリカ公演珍道中
遠藤:海外公演の資金面や舞台構成も、大島さんが一人で手掛けているわけですね。
大島:私が翻訳したものを落語家さんに覚えてもらいます。あと、寄席芸というのですが、南京玉すだれとかもプログラムに加えたりしています。落語についての勉強はかなりしました。高座がどうなっているかとか、下手上手をどういう風に振るのかとか、そういったことも含めてたくさん勉強しました。
遠藤:ご自身も、落語に関するさまざまなことを勉強なさったんですね。それにしても、アメリカで公演するというのは大変でしたでしょう。
大島:最初のアメリカ公演では、落語家さんは普段の日常会話は出来ないですから、ガイドをしたり、資金も少なかったので、15人用の大きなレンタカーを借りて、メンバー全員を乗せてあっちこっち回ったりしました。
遠藤:ご自分で運転なさったんですか?
大島:私が運転しました。みなさん免許がないんですよ。そのとき初めてパスポートを取った人もいましたし、海外経験も全然ないですから。ほんとうになんでも自分でやりました。
遠藤:聞けば聞くほど、大変だという感じですが、それだけにやりがいがあるということでしょうね。
大島:文化の違いからくる面白さを、海外のお客さんに感じていただければと、それだけでした。
遠藤:今では世界各地から公演の依頼があるようですね。
大島:今年はベトナムやマレーシア等東南アジアとオーストラリアに行きます。国際交流基金や現地の日系企業が協力してくださるんですよ。

受信ではなく発信型の英語を
遠藤:落語はそのまま、"Rakugo"で通じるんですか?
大島:それで通しています。あと、欧米では立って漫談をするStand-up Comedyというのがあるんですが、それに対して、落語は座ってますから、Sit-down Comedyという風にサブタイトルを付けて呼んでいるんです。そうすると、お客さんも興味をそそられるようですよ。
遠藤:落語を題材にした異文化コミュニケーションの研究よりも、日本の笑いを輸出するというお仕事がメインになってしまったような印象ですね。
大島:おかげで博士論文がなかなか進まなかったんですよ。それでもいろいろなことに気付かせられました。英語落語を覚えた落語家さんは、すばらしく英会話が上達しているんです。決してきれいな発音ではないんですが、多少日本語訛りがあるほうが、かえってお客さんに受けるんですね。日本人らしさというのも、笑いのひとつの要素になっているわけです。だから発音なんか気にしないで、自信を持ってやったほうが良いんです。受身ではなく、発信型の英語こそが大事なんだと思っています。
遠藤:これから英語を勉強しようとしている人にも、いろいろと参考になりそうなお話です。学校教育の中で、英語落語を覚えてもらうと、英語に対する興味をもっと引っ張り出すことになるかもしれませんね。
大島:英語落語を紹介することが、日本にとってひとつの貢献になると共に、そこで学んだ多くのことを、日本における英語教育にも生かしていきたいと思っています。 遠藤:頑張ってください。本日はありがとうございました。
留学ジャーナル 留学ジャーナル 留学ジャーナル
留学ジャーナル 2002 03 MARCH
英語で広がるコミュニケーション

大島希巳江さんの活動範囲はじつに幅広い。そしてどの仕事も留学体験で培ってきた「英語」やコミュニケーションに関わる内容だ。現在は千葉県の浦安市にある明海大学で教鞭をとり、落語の海外公演をプロデュース。英会話に関する著書も次々に出版されている。また、ご自身は国際基督教大学大学院で博士課程に在籍しており、目下、社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学を専門分野に研究を進めるなど、バイタリティあふれる活動は、まだまだ発展中だ。
 「高校時代に交換留学したときは、ただ単純に英語が上達したらな、と思っていたんです。実際、ついていくのがやっとでしたから。しかし、その後にあらためて大学時代に留学したときには多少余裕ができたこともあって、『英語を学ぶ』というより『英語で何か別の目標を達成しよう』と思うようになりました」

英語を学ぶ姿勢より
英語で学ぶ姿勢が重要

 大島さんによれば、こうした「英語で何か別のことを学ぼう」という姿勢が、じつは英語力を飛躍的に伸ばすきっかけになったという。彼女の場合はそれが社会言語学であり、異文化コミュニケーションだった。つまり、表面的な交流ではなく、言葉を通してより深い文化交流を考えるようになったというのだ。
 「一般的にもよく言われることですが、海外に出ると、そこではじめて日本の良さや日本の素晴らしい文化を再発見できることが多いのです。私の場合も留学先で、異文化に対しても、日本文化に対しても、同様の憧れと敬意を持てるようになったのです」
 また、言葉が違う環境でコミュニケーションをとるには、そのバックグラウンドである互いの文化の相互理解の重要性に気がついたというのだ。留学を通して得たこうした体験は、現在、大島さんが研究を進められている専門分野や、また精力的に活動している「英語落語の海外公演」への基となっている。
 「落語というのは、話し言葉だけで成り立っている日本特有の伝統芸能です。まさにコミュニケーション手段の本質そのものなんです。しかもその歴史はアメリカ建国の歴史より長いですよね。こうした日本特有の『落語』という芸能、それ自体を海外の人にも知ってもらいたいし、また『落語』に含まれている日本人のコミュニケーション、ユーモアセンス、文化を笑いを通して理解してもらいたいと思っているんです」
笑いやユーモアは万能な
コミュニケーション術

 笑いやユーモアは、普段だったら理解し難いような文化やマナーの違いを海外の人にすんなりと受けとめさせることができると大島さんは語る。
 「たとえば日本人はお蕎麦を食べるときにズズズッと音を立てますよね。これは多くの外国ではタブーな食べ方。いきなりこれを外国人の前でしたら嫌がられますし、日本人って下品だと思われますよ。落語の噺にはこうした蕎麦を食べるシーンがよくありますが、海外公演で噺家が扇子と演技だけで、いかにもおいしそうに音を立てて食べる仕草をすると、会場には笑いと感服の拍手が起きるんです。しかも『私も日本に行って、ああやって音を立てて蕎麦を食べてみたい』と言ってくださる外国の人の方もいたんです」
 同じように、留学の際、はじめはなかなか友人との話題のきっかけがつかめなく交流できない場合は、こうした笑いやユーモアは格好のテクニックになると言う。英語で話せる短い面白い話を覚えて、自分から積極的に友人たちに話しかける、面白い話だからみんな興味を持って聞いてくれるし、そこから会話が発展していく。こうした方法は外国語を学ぶ秘訣になると大島さんは語る。まさに留学を体験したからこそ発見できた外国語のコミュニケーション術だといえるだろう。
 最後に今後の夢について伺ってみた。「すでにお寿司や天婦羅が『SUSHI』や『TEMPURA』といった外国語として辞書にも載っている世界共通の言葉になっているように、落語も『RAKUGO』として通用するようになることです(笑)」留学を通して得た英語力と異文化コミュニケーションの体験は、このような大島さんのバイタリティあふれる活動に反映している貴重な経験となっている。

メンバー全員 We just finished all stages in Singapore. It was extremely tough schedule in the hot climate. But nobody got sick or tired. Now we are ready to go for a drink!
海外子女教育 海外子女教育 海外子女教育
海外子女教育 2002 3 No.349
今月の顔
日本のユーモアを世界に
大島希巳江さん RAKUGOプロデューサー

異文化間コミュニケーション研究で
RAKUGOに行き当たった

 1998年のアメリカ・コロラドでの初回公演を皮切りに、毎年、英語落語「RAKUGO」を、シンガポール、オーストラリアなど世界各地でプロデュースしている。演題の選定、その英訳から、若手落語家の特訓、公演先との折衝、資金調達までこなす。さらに、公演では司会進行を行うほか、高座にも上る。その顛末をつづった本『世界を笑わそ!』を昨年末に出版したばかりだ。
 落研出身というわけではない。落語を聞いて育ったわけでもない。なぜ落語なのか?
 大学院で、異文化間コミュニケーションを「ユーモア」という切り口で研究した。96年に「国際ユーモア学会」で論文「多民族社会におけるエスニック・ユーモアの効果―ハワイの例」を発表したが、「日本人のユーモアはどうなの」という質問が集中。立ち往生してしまった。
 「日本にユーモアがないわけではないけれど、そのときの私にはうまく説明できなかったんです」
 日本のユーモアを異文化の人にわかってもらうにはと考え抜き、落語にたどり着く。
 落語には歴史がある。日本オリジナルだ。時代を経るなかで磨かれてきている。会話形式で分析しやすい。
 寄席に通う日々を経て、関西の落語家、笑福亭鶴笑に「落語を海外に紹介したい」とじか談判。「おもろいな、学会いっしょに行きまひょ」。東京から大阪へ通う日々。
 翌97年、鶴笑師匠を伴ってアメリカ・オクラホマでの「国際ユーモア学会」へリターンマッチ。鶴笑が日本語で落語を披露。自分は字幕スライドをめくる。すごく受けた。

シンガポールツアーのフルメンバー

All members of English Rakugo Tour in Singapore at National Library. From left, Katsura Kaishi, Hayashiya Ippei, Kimie Oshima, Shofukutei Kakushow, Katsura Asakichi, Hayashiya Kazume.
英語落語の公演を開こう!
 「学会発表としては成功したわけですが、日本のユーモアが異文化に受け入れられたという証拠にはならないと思ったんです。落語家さんとしても自分のことばで笑わせたいというのがあって」
 そこで、一般公開の英語落語公演を開こうと決意した。目標は次の年の夏。若手の落語家をメンバーに加え、双方手探りで英語落語の猛特訓を開始した。海外の公演先と交渉したり、資金調達に走り回るのは彼女の役目である。
 「実現するのにいちばんしんどかったのはお金集めです」
 アメリカのコロラド州ボルダー。かつての留学先での公演が決まった。もう、あとには引けない。これはと思った企業の広報部にかけ合い、企画書を送り続ける日々。何の後ろだてもない、二十代半ばの女性の体当たり、日々玉砕が続く。
 「さすがにめげましたよ」と笑う。でも、やってみなければわからない。やらずに可能性をあきらめるのは流儀に反した。企業より先に、国際交流基金から奇跡ともいえる援助を受けられた。こうして98年夏、最初の公演が実現した。
 演目には、「時うどん」(関東では「時そば」)を選んでいる。時間を尋ねて支払いをごまかす、次にそれをまねた人間が今度は多く支払ってしまうという噺。数のことは万国共通。欧米ではタブーとされるうどんをすする音の芸にも、笑いが広がった!
 「こんなに面白い落語をもっと知りたい」「日本に行ったら、うどんを音をたててすすってみたい」と感想を寄せる人も。笑いで日本文化を理解してもらえた実感がわいた。アメリカの留学先の高校で、英語を身につけるために入った演劇部で初めて拍手を浴びたときの記憶がよみがえる。
 千葉に住んでいた中学校時代、あこがれていたジャッキー・チェンが地元にロケでやってきた。いつか彼とコミュニケーションすることを夢見て、帰国子女や海外からの留学生が多い高校に入り、さらにアメリカに留学した。舞台ではアドリブまで使って身ぶり手ぶりで奮闘し大受けだった。あの後初めて声をかけてくれた友達が大勢いた。うれしかった。あの手ごたえと重なるものがある。
 英語落語は成功したが、プロデューサーである前に自分は異文化コミュニケーションの研究者なのだという初心を忘れないようにしている。異文化コミュニケーションについて立てた仮説は「日本文化をわかってもらうには笑いやユーモアを通じて理解してもらうのが有効ではないか」。その題材として英語落語があるのだ。
 だが、もうやめられない。今年の夏は国際交流基金の「招待」で、オーストラリア、東南アジアへのツアーが予定されている。RAKUGOを引っさげ、世界を回るのだ。RAKUGOがJUDO並みに知られるようになるまで。

自分から踏み出す一歩の大切さ
 現在、大学院博士課程で教育学を学ぶかたわら(*2002年6月に博士号取得)、大学の英語講師をしている。NHKの国際放送でも話す。著書の数も片手では足りない。
 どれもが、しかし、降ってわいた話ではない。自分からの働きかけから始まっている。本を読んで感動したら伝えたい。著者に手紙を書いてみる。本の原稿をまとめたら、出版社に片っ端から送ってみる。自分で一歩を踏み出さなければ何も生まれないことを、そして踏み出さないことのメリットは何もないことを、彼女の存在そのものが物語る。だから広がるのだろう。いろいろな世界が。
 「もちろん、けっこういろいろ無駄なことやっているんですよ」と照れてみせるが、「だって、どうせ、でも」ということばは、彼女の辞書には見当たらなさそうだ。
 最後に、海外で暮らす読者への提言をお願いした。少し考えて彼女が選んだことばは・・・・・・。
 「海外でコミュニケーションに悩んだら、まずは、下手だっていいじゃない、その国のことばで、相手の心を開くことばをしゃべってみようよ。英語のジョークの一つも丸暗記して、初めて会う人に言ってみて。笑いで相手の心をほぐしたら、そこから広がる世界、きっとありますよ」
English-Rakugo
Copyright 2002 Kimie Oshima