English-Rakugo
English-Rakugo
English-Rakugo What's Rakugo ? Books English-Rakugo
English-Rakugo Performers BBS English-Rakugo
English-Rakugo History of performance Mail English-Rakugo
English-Rakugo Information Top page English-Rakugo
English-Rakugo
English-Rakugo
English-Rakugo
Teacher exports Japanese humor Teacher exports Japanese humor
Teacher exports Japanese humor
January 29, 2002 Herald Tribune

Japan might be a leading exporter of automobiles and electric appliances, but there is one thing it has failed to introduce to the rest of the world: its humor.
With this in mind, Kimie Oshima set about staging rakugo (traditional storytelling) performances in English overseas.
Oshima, 31, and other young rakugo-ka (storytellers) from western Japan have put on shows abroad once a year since their first tour in the United States in 1998.
"I wanted to make people abroad laugh through performing rakugo so they would understand that the Japanese have a sense of humor," she said.
Last year, Oshima wrote about her experiences in "Sekai wo Warawaso" (Make the World Laugh), published by Kenkyusha.
Born in Tokyo, Oshima studied for a year in the United States as a high school student. She went on to study at the University of Colorado at Boulder. While studying intercultural communication there, she came across the International Society for Humor Studies, of which she became a member.
Rakugo came to Oshima's attention when she was preparing a presentation for the society's 1997 conference in Oklahoma. In an attempt to introduce Japanese humor to conference participants, Oshima invited Kakusho Shofukutei, a Kansai-style rakugo-ka, to perform, with the help of English subtitles.
"The audience just loved his performance. After that proved such a success, I felt it would be a shame to end it there, so I came up with the idea of arranging tours of rakugo shows in English," she said.
Oshima's troupe, which includes Kakusho, other young rakugo-ka and a shamisen player, has performed in several countries.
To prepare for the shows, Oshima does everything from translating to fund-raising and negotiating.
When the troupe performs, she acts as both emcee and interpreter. When traveling around the United States, she even serves as their chauffeur, driving 15 people on road trips in a van.
Currently, Oshima works as an English lecturer at Meikai University's Urayasu campus in Chiba Prefecture. She is also studying education at the International Christian University's graduate school in Tokyo.
"It is very valuable for me as a teacher to maintain a link with the real world through rakugo shows in English," she said.
Oshima is convinced that the humor of rakugo, developed over the traditional art's 300-year history, can be appreciated all over the world.
She is now considering where to take the troupe on this year's tour, its fifth.
I'll continue my efforts until the Japanese word 'rakugo' is recognized in other languages," she said.

左、桂かい枝、右、大島希巳江 Short skit towards two for one. Asakichi comes into the scene later and becomes the arms. Left, Kaishi. Right, Oshima.
朝日新聞 人 朝日新聞 夕刊フジ 夕刊フジ
朝日新聞 2002年1月22日
ひと 世界を笑わそうと英語落語を輸出する

「落語がRAKUGOとして定着するまで続けます」

「日本は自動車や電気製品をいっぱい輸出してきたけれど、ユーモアの輸出は少なかった」
 98年の米国公演を手始めに、海外で毎年一回、上方の若手落語家らとともに英語で落語を演じる。「笑ってもらえれば、日本人も面白いんだなあと理解してくれると思って」。その体験談を昨年末、『世界を笑わそ!』(研究社)として出版した。
 東京生まれ。高校時代に一年間の米国留学を経験し、米・コロラド州立大ボールダー校に入学した。異文化コミュニケーションを学んで、国際ユーモア学会を知った。
 日本のユーモアを世界に紹介したいと思い、目をつけたのが落語だ。97年、米・オクラホマであった同学会の発表会で、上方の噺家、笑福亭鶴笑さんに英語の字幕付きで落語をしてもらった。「大受けだった。これで終わってはもったいないと、英語落語ツアーを思いついた」
 鶴笑さんら若手数人や三味線方とのツアーでは、総合司会も務める。このほか翻訳や資金集め、事前交渉なども一手に引き受け、米国内の移動では、15人乗りの車を運転して高速道路を走る。
 現在、明海大(千葉県浦安市)で英語講師をしながら、国際基督教大の大学院で教育学を学ぶ。「英語落語を通じて実社会につながっていることは、物を教える立場の私にとっても大変有益です」
 約300年の時に鍛えられてきた落語の笑いは全世界で通用する、と確信する。いま、5回目となる今年の公演先を物色中だ。

ハイ・シン高校 See!? The students at Hai Sing High School sit on the floor. And the fans at both ends of the stage are trying to blow off the performers!

林家いっ平 Hayashiya Ippei, performs "The Prohibition" at National University of Singapore.
夕刊フジ 2001年11月18日
落語、スポーツ、演劇活用 英語力アップに…

いまやビジネスマンに英語は不可欠なアイテム。会社帰りに学校へ通う人も珍しくない。英語上達をめざす人にぜひおすすめしたいこんな工夫がある。

恥ずかしがらず
[演劇とスポーツ]
明海大学の英語非常勤講師の大島希巳江さん(31)は英語を教える立場だが、当然ながら最初から英語を話せたわけではない。英語は好きだったが、制服が嫌いだったという理由で、大島さんは高校から大学卒業までの六年間をアメリカ・コロラド州で過ごした。留学当初は英検4級程度の英語力しかなかったというが、留学先で地元の高校生と同じクラスに編入した。
「最初は教科書を1ページ読むのに2−3時間かかりました。辞書で言葉の意味を調べるので精いっぱい」
しかし、ここで功を奏したのは大島さんの演劇好き。留学先の高校でも演劇部に入部したことで英語力がぐんと伸びたという。
「演劇ではセリフは棒読みでは通用しません。暗記し、その上に感情を乗せることで身に付きました」
一度身に付いた言い回しはそう簡単に忘れないともいう。
「スポーツもいいと思いますよ」と大島さん。テニスやバスケット、サッカーなどのルールは万国共通。スポーツ用語は共通性があり、コミュニケーションもとりやすい。
とくに団体競技はお勧めだ。その際、大事なことは間違いを恐れずに話すこと。
「あいさつくらいしか知らなくても『私、日本語話せる』と外国の人は堂々というんです。日本人の方がよほどそこそこ英語がしゃべれるのに、しゃべれないと隠そうとするんですよね。間違ったら直してねと前置きしてどんどん話せばいいんです」
大島さんが学生たちに英語を教えていて思うのは、恥ずかしがらずに話す方が上達が早いことだ。

[英語落語のすすめ]
「英語を上達するには英語を話すのではなく、英語で何かを伝えようと思った方が早い」と大島さんはいう。英語で何をしたいのか、それを明確にすることが上達の第一歩になる。
その良い例が、英語落語を日本で先駆けて取り上げた落語家の故桂枝雀さん。枝雀さんは無口な人だったというが、何を思ったのか英語を話せるようになりたいと英語学校へ通った。なかなか上達しない枝雀さんに先生は「何か得意なことを英語で話してみては」と勧めたのが、英語落語のきっかけという。枝雀さんの英語も上達したのは言うまでもない。
英語教育における「笑いとユーモアの効果」の研究を進めている大島さんは、英語講師の傍ら、英語落語のプロデュースにも力を入れている。古典落語をわかりやすく英訳し、海外公演の司会も務める。
「落語家さんたちも、英語落語を話すようになって英語がめきめき上手になってきたんです」

レベルは中学英語程度で十分
レベルは中学英語程度なので、公演以外の時でも自然と落語で使ったフレーズが出てくるそうだ。昭和60年から始まった英語落語は、シンガポール、アメリカ、カナダなどでも好評を博し、今年8月には笑福亭鶴笑、桂かい枝、桂あさ吉の落語家3人と三味線の林家和女さんでオーストラリアへ7公演のツアーを行った。
「日本も海外も笑いどころは同じ。日本の落語がこんなに笑えるなんてと驚くみたいです」
ズームアップ ランドセルのころ ランドセルのころ
朝日新聞 2001年10月17日
桂あさ吉 ズームアップ
英語で得意落語磨く

オーストラリアで得意の演目「時うどん」を演じてきた。その大受けの模様が研究社の英語雑誌「CURRENT ENGLISH」11月号のCDに収録されている。「日本語の落語ではまだやのに、びっくりです」
「お笑いの仕事をしたい」と、ずーっと思っていた。大学一回生までは、それはコントや漫才だったが、二回生の時にみた桂米朝の「宿屋仇」に衝撃を受ける。「最後までハラハラ、ドキドキの連続。一人でこんなに面白いことができるんだ」。いっぺんに落語志向になった。
卒業後の93年5月、米朝の弟子の吉朝に入門、師匠の勧めで、笛や日本舞踊を習った。笛の腕前を買われて、98年、アメリカで英語落語をする一行のお囃子(はやし)方の一人として参加し、日本語で「時うどん」も演じた。「他のメンバーは英語で受けてるのに」と一念発起。翌年からの毎年の“遠征”には、英語版の「時うどん」で舞台に上がることになった。
いま別の人に勧められ、三味線も習っている。ひょんな出会いやきっかけを自らの糧にして、予想外の方向へも前進してきた。「落語への切り口も自分なりにつかめてきた。感銘受けた『宿屋仇』を、納得できる形で演じられるようになるのが、目標の一つです」

かわいい学生たち The students at MOE Language Center in Singapore. Those elites in Singapore also enjoyed English Rakugo.
静岡新聞(共同通信社) 1999年10月30日
ランドセルのころ
日本笑いの学会のマドンナ 笑顔は自信の裏返し

異文化コミュニケーション論を専攻する明海大学講師大島希巳江さんは、「笑い」を科学的に研究する日本笑い学会のマドンナ的な存在として知られる。英語落語の海外公演のプロデュースや、笑顔のリカちゃん人形の監修も手がけ、笑いの効用を説く。この人の前だとつい笑顔になってしまう不思議な人だ。
千葉県浦安市で過ごした少女時代もきっと笑顔がすてきだったのだろうと想像していた。ところが「小学校はあまりいい時代じゃなかった。三年生までの記憶がほとんどない。先生もよくおぼえていない」。
授業中もぼーっとしていつも空想の世界をさまよい、突然机に座ったりも。友達もあまりいなかった。親は学校からたびたび呼び出されて転校を勧められ、脳の障害を疑われてCTスキャンなどの検査を受けさせられた。
「二年生のとき、担任の若い女の先生に『あなたのやることは何一つ理解できない』『頼むからしっかりしてちょうだい』とぼろぼろ泣きながら言われた。これが当時の唯一の記憶かな」
しかし、なぜか一転して四年生のころから活発な女の子になった。野ネズミの巣を掘ってネズミの子を家に持ち帰ったり、ジャッキー・チェンの影響で少林寺拳法(けんぽう)を習ったり。社会になじめないのではないかと心配していた母親には「よかった、普通の子で」と言われたという。
「すごく愛想のいい子になって、先生に気に入られた。今から考えると、三年生の終わりごろに、急に足が速くなって、四年生のはじめにリレーの選手に選ばれた。足が速いということがものすごく自信になったのかも」
笑顔は自信の裏返し、そして「笑う門には福来る」は本当だ、と説く。「自信のない人は笑えない。三年生までの私は、仏頂面して先生にもどこかに行けと言われたりで損をしていたと思う。笑ってコミュニケーションを楽しめば、少なくとも損はしない。笑いとかユーモアはとても必要」と話す。

大島希巳江 At the beach in Darwin. The August in Australia is winter. It was freezing cold in Sydney and Melbourne, but Darwin was HOT! It wasn't easy to catch up with the different temperature in few days. Oshima, sweating in winter kimono at the beach.
産経新聞 桂かい枝 朝日新聞 相互理解に〜 朝日新聞 相互理解に〜
産経新聞 1999年10月19日
人種超える笑いを広めたい

 「My English sounds strange to you.(私の英語、変でっしゃろ)。 But, don't worry. (でもまあ、気にせんでください)。My English is Osakan KOTEKOTE English.(大阪のコテコテ英語ですねん)」
 赤道直下のシンガポール。国立図書館の中庭にしつらえた舞台で今夏、英語落語を演じた。場内に軽い笑いが起こって雰囲気がなごんだのを弾みに、日本人の英語べたの理由を説明しにかかる。もちろん、大げさに面白おかしく。
 「I learned "Is this a table? No, this is a television" (『これはテーブルですか。いいえ、それはテレビです』てなことを、習ったんです)。What a stupid!(ふざけてますやろ) A television doesn't look like a table!(テレビとテーブルは、全然似てまへんがな)」
 どっと笑いが起こった。上々の反応をみながら、古典落語「いらち車」の英語版「A Man in a Hurry」に入っていった。
 この一年ほどの間に、アメリカ、カナダなど五回も海外に出かけて英語落語を演じてきた。これだけ場数を踏めばもう、すっかり慣れっこだ。「英語やから、というような意識はもう、あんまりありませんね。日本語でやってるような、自然な感じです。シンガポール公演のパンフレットには、「He is one of the major English Rakugo performer(日本でメジャーな英語落語家の一人)」とある。昨年一月、「日本笑い学会」の講座で演じたのが初めてだから、あっという間に「メジャー」になってしまった。実のところ、英語落語をする人は約180人いる上方落語家のうちでもほんのひと握り。最近のかい枝の精力的な活動はちょっと異色である。
 舞台の上では、“いらち”の車夫が右往左往していた。猛烈に飛ばす車。必至にしがみつく客。身ぶりも派手にひとり二役をこなす。トンチンカンな車夫のセリフが面白い。
 「The church? Oh, I'm sorry. I thought you said the beach(教会?すんまへん。砂浜って聞こえたもんですさかい)」「I've just run over somebody.(いま誰かをひきましたわ)」ヘンな人力車に乗ってしまった客の狼狽ぶりは、顔のひきつり具合を見ればありありだ。古典落語のスタイルは変えていないが、発音の混同など英語ならではの脚色を効かせている。客席が、どっと沸いた。
 落語でシンガポーリアンを笑わせたかい枝は、十分に満足そうだった。「『こんなにも受けるんやなあ。気持ちええなあ』と思いましたよ。シンガポールもそうでしたが、どこでやっても本当によく受ける。落語というのは、人種とか文化とかを超えて、人間の根本的なおかしさを表現してるんやなあって思う。すごさを再認識しました」

歯医者の前 It's still nice and hot in Darwin, evening time. You may not hear it, but we were actually in front of the dentist and could hear the screaming... From left, Kakushow, Oshima, Kazume, Asakichi.
朝日新聞 1998年12月22日
相互理解にユーモアの効果広めたい
英語落語ツアーを企画した大島希巳江さん(二八)

上方の若手落語家たちを率いて、十月に米国の大学をまわり、英語で落語を演じてもらった。ちょっとしたしぐさにも、会場はどっと沸いた。話の「落ち」も通じた。「日本人にユーモアのセンスがあるなんて」と、米国人の多くが驚いたそうだ。
浦安市にある明海大学で英語を教える非常勤講師。研究テーマは「異文化コミュニケーションに果たすユーモアの役割」。
欧米では、初対面でも冗談を交わす。「多民族社会では敵意がないことを相手に伝えるために、その場をなごませなければならない」。きまじめさだけが定着している日本人のイメージも変える必要があると、落語ツアーを企画した。
苦労したのは、台本づくり。例えば「茶わん蒸し」。「どう翻訳したらいいか」と悩んだ。米国のコメディは「一分間に五回は笑わせている」と分析し、英語のしゃれを付け加えた。飽きられてはと、二十五分の演目も十三分に縮めた。
うどんを「ズルズルッ」と音を立てながらすする身ぶりに笑いがおきるなど、落語を通して日米の文化の違いもあらためて感じた。相互理解の一助になれば、と落語ツアーは今後も続けるつもりだ。
大学の授業でも生徒に英語を使って小話を作らせるなど工夫している。「日本の会社では冗談を言うと不謹慎と取られがちだけど、日本も多民族社会になりつつある。お互いに共存する方法として、ユーモアの効果をもっと広めていきたいですね」

笑福亭鶴笑の紙切り Kakushow, paper cutting art. Later, we found this particular one hanging on a door in the dorm rooms. There was also a comment of happiness. We suppose, the person who was lucky to get this one loved it a lot.
English-Rakugo
Copyright 2002 Kimie Oshima